Home, Sweet Home

へーベルハウスで家を建てました。シンプルでモダン、でもちょっとナチュラルな空間に憧れています。夫nanjaと妻monjaで頑張ってセンスアップへの日々を綴ります。

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トイレのタオル

zebra6さんのかっこいいタオルかけを拝見してきました。
我が家は新居に引っ越してから4ヶ月ほど経ちますが、
そういえばずっと決めかねているのがトイレのタオルの色…

taoru.jpg

みなさんだったら、ここにどんなタオルをかけますか?

インテリア的にちゃんとしたい場所なのに、
タオルはいただきものなどで足りて買った経験がないので、
お店で値段を見ると尻込みしてしまい、ついつい後回しに…
もしオススメがあったら教えてください!


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nanjaのバイブル

こんにちは、monjaです。
nanja的考察の続きがまだのようなので、
nanjaのお気に入り本を一冊紹介させてください。

3ベース・カラー認知で解くインテリアカラーコーディネート―「ザ・ドア論」

inoue.jpg



家作りにおいて「何が素敵に思えるのか?」
「何がイマイチに感じるのか?」ということを感覚ではなく
理論的に教えてくれた本で、設計やインテリアの打合せの時
必ず持参していた、nanjaのバイブルです。
そして、偶然にもIAのM師匠は著者である井上先生の学校に
通われていたので、この理論から外れないように
コーディネートをお願いすることができました。(感謝、感謝です!)
でも、monjaは頭で読む本が苦手なので、さらっと読んだ、
というよりは見たレベルです。(笑)


正義の見方 (後編)

インテリアの様々な組み合わせで、空間が素敵になったり、
イマイチになったり、それは色だったり素材だったり、
コーディネートはとても奥が深い技術ですよね。
素人のmonjaには計算不可能な世界で、
「なんとなくいい感じ?」「どことなく違う?」と
思うレベルなんですが、家の中で一つだけ
このコーディネートは100点!と思うものがあります。

それは…娘のウルトラマン人形の立ち位置。

uru.jpg


すみません、クイズです。
このメタリックな背景は何でしょう? 【“正義の見方 (後編)”の続きを読む】

正義の見方 (前編)

先日展示場にこの方に会いに行ってきました。

kamen2.jpg
 
【“正義の見方 (前編)”の続きを読む】

nanja的考察 -間取りについて 4-

この「51C型」の更なる発展は、1955年に発足した日本住宅公団によるニュータウン建設でした。

danchi.jpg

公団により「51C型」の間取りに当時としては珍しいバスルームを組み込み、キッチンはステンレス流し台を標準装備した43㎡(13坪)「2DK」が生み出されました。これは高度経済成長期のなか、都市に集中してくる若者達(もちろん、核家族で2人~4人家族)の心を捉えました。それまでは奥にあった薄暗いキッチンが南の明るい場所に移動してきて、しかもキッチンの傍らでテーブルと椅子で食事をするというまったく新しい生活スタイルなのです。公団住宅の抽選会には多くの人々が押しかけ、高倍率の抽選が行われました。運よく公団住宅に住む権利が与えられた人々には、羨望のまなざしが向けられ「団地族」などと呼ばれたようです。

 この当時、「51C型」の南面の部屋はちゃぶ台やテレビ(当時は掃除機、洗濯機、冷蔵庫が三種の神器と呼ばれたようですね)が置かれ、夕食や家族の団欒の場所、北側の部屋は家族仲良く寝る場所として使われ、朝食はDKで行うことが多かったようです。しかし、子供の成長に伴って北側の部屋は子供が使うようになり、両親が寝るところは南面の部屋でちゃぶ台を片付けて寝るようになります(「寝室の分解」ですね)。こうなってくると、より完全な「食寝分離」や更に「親子分離就寝」を可能にするためにはもう一部屋付け加えられた3DKの間取りが求められるようになってきます。そして、公団住宅も色々な世帯のニーズに応えるため、「51C型」をプロトタイプとして1DK、2K、2DK、3K、3DKといった間取りの系列を生み出していきました。この頃から家庭生活も豊かになり、洋風化の波に乗ってオーディオ、ソファ、ピアノが南面の畳の部屋に置かれるようになり、リビングルームの要望が次第に高まっていきます。そして、公団はDKを拡大したLDKというプランを作りだすのです。当時大量に発生した専業主婦達の関心はいかに公的(パブリック)場であるリビングを作るかということと、子供の教育に向かいます。子供の勉強がじゃまされないように子供には私的(プライベート)個室が与えられ、両親は子供の勉強を妨げないように子供室とは別の個室(よくマスターベッドルームと書かれているヤツです)で寝起きをするようになりました。これにより、公的部屋(リビングルーム)と私的部屋(子供室や寝室)が完全に分離した(これを「公私室(PP)分離」という)間取りが出来上がっていきます。

 1970年代初頭、田中角栄の列島改造により民間のマンションや建売住宅の販売棟数が飛躍的に伸びていきます。民間の業者は利益率を上げるためにマンションの区分を南北に細長く、土地も南北に細長くして販売をします。このような場所にLDK、バスルーム、トイレ、子供室、寝室を組み込むために玄関から”廊下”を延ばしこれらの部屋をつなげました。そして、人気の高かった公団の住宅間取りを示す「・・LDK」という行政機関の用語を前面に出して宣伝し瞬く間に日本全土にこの表記法が広がっていきました。こうして「nLDK」(ただし、nは世帯数から1を引いた数。両親2人と子供2人の4人家族なら3LDKとなります)間取りが誕生するにいたるのです。

歯医者さん

monjaの歯のつめものがポロッと外れてしまい、
苦手な歯医者さんに7年ぶりに行ってきました。
新たな地で何軒かあるクリニックから、直感的に
選んだ基準は…ズバリ建物のカッコよさ。
住んでみたいと思ってしまうくらい素敵なので、
「この建物に入れるのなら、痛くても頑張ろう。」
結果、予想を裏切らない素敵空間で過ごすひととき。
家と同じ音楽の流れる中、うがい用の紙コップの水も
ため息まじりに口に含み、完全にティーブレイク気分に
なっていました。(笑)

さて、そこで根拠のない予測不可能なクイズです。
その時流れていた音楽が入っているアルバムは
次の中のどれでしょう?

A.プリーズ・リクエスト
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B.シンフォニア
b.jpg


C.エンジェル・ヴォイセズ
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答えは「続きを読む」をご覧ください。 【“歯医者さん”の続きを読む】

×(かける)

家づくりでは様々な過程で感動しました。
その感動の中で、monjaが一番興味があったにも関わらず
認識が甘かったのはインテリアについてでした。
ヘーベルハウスでは、間取りが決まったら、その仕上げに
インテリアアドバイザー(IA)さんが登場されます。

担当していただいたIAのM師匠とともに
IAsan.jpg


他のメーカーで家を建てた友人からは、設計の時から
インテリアコーディネイターさんも一緒に打合せをした、
と聞いていたので、ヘーベルハウスのインテリア打合せは
「あっ」という間に終わってしまうと思っていました。

そのため、契約時のイメージは「設計士さん+IAさん」
ところが!実際の打合せではインテリアで家の魅力が
何倍にもなるような、「設計士さん×IAさん」の関係
だったのです。設計士さんとIAさんが共鳴し合うことで
魅力が何倍にも膨らむなんて、驚きでした!!!

磨きをかけていただいたお家に住むからには…
「設計士さん×IAさん-(マイナス)住人」にならないように、
できれば「設計士さん×IAさん+住人」
いつかは「設計士さん×IAさん×住人」
なれますように。
ってお願いしていても叶いませんね、努力しなくっちゃ~!

nanja的考察 -間取りについて 3-

 第二次大戦で日本は焦土と化し、終戦直後420万戸の住宅が不足していました。1950年から始まった朝鮮戦争による特需景気のおかげで、この住宅不足を解消しようとする国のプロジェクトがスタートします。景気が上向いているといっても物資の不足は深刻であったため、一つの住宅に割り当てられた面積は35㎡(10坪ちょっと)。そこに、新しい時代に即した住宅ということで「食事をする部屋と寝る部屋は別になるような間取り(食寝分離)」を作ることが大きな目標でありました。
 寝室に関する当時の調査によると、家族が若いうちは一部屋で寝ていても、子供の成長や家族数の増加によりある時期から寝室を二つ使うようになる(「寝室の分解」という)ことがわかっていました。ですから、キッチンと二部屋からなる住宅ですと、一部屋を食事室、もう一部屋を寝室として使っていても、ある時期から食事室も寝室化してしまい「食寝分離」を維持できないことになります。ということは、三部屋とキッチンということになりますが、狭いところにこのような間取りを組むのは不可能でした。この困難を解決したのが、東大の助教授だった吉武泰水(よしたけ・やすみ)とその大学院生だった鈴木成文(すずき・しげふみ)の二人なのです。かられは、食事室とキッチンを一部屋にまとめる、すなわち、ダイニングキッチン(DK)を考案したのです。そして、「寝室の分解」に備えて部屋は二つ確保し、更には洗濯をしてそれを干すバルコニーの確保、水洗便所や物置も同時に確保することをやってのけたのです。

madori3-1.jpg
(51C型)

この間取りは「51C型」(1951年に考案され、標準間取りA、B、CプランのCタイプという意味)と呼ばれました。また、この間取りは当時の行政機関の内部資料では「2DK」と記されていました。

階段手摺

ブログのレイアウトを素人なりに少し変えてみました。
(逆に見難くなったり、他の改善点があったら是非教えてください!)

そして、先日吹抜きの階段手摺を少し変えてもらいました。

では久しぶりにクイズです!
階段手摺に間違いがあったのですが、どこでしょうか?
下の写真から見つけてください。(制限時間1分)

tesuri3.jpg


答えは「続きを読む」をご覧ください。
【“階段手摺”の続きを読む】

nanja的考察 -間取りについて 2-

 さて、僕らが何故にそこまでPAOの間取りに魅かれたのでしょうか。それは僕らの中に、間取りに
ついての固定観念が植え付けられていて、それがPAOを見たとき、根底から音を立てて崩れ落ちて
いくように感じたからです。
 この僕らに取り付いていた固定観念の間取りとは、日本中に広がっている「nLDK型」というもの
です。これはLDK(リビング・ダイニング・キッチン、すなわち、居間・食事室・台所が一部屋に集まって
いる)の1部屋に加えてn部屋の合計n+1部屋からなる間取りです。

nldk10.jpg
 

 僕の育った家はこの「nLDK型」の典型でした。玄関を入ると廊下に沿って階段、トイレ、バスルーム、
奥にはLDKがあり、玄関脇には和室がありました。更に、階段を上がるといくつかの個室になって
いました。
nldk3.jpgまた、よく遊びに行った友達のマンションは、玄関を入ると細い廊下が南へ伸び、その両脇にいくつかの部屋、
トイレ、バスルーム、廊下の突き当りである南面にLDKが配置してありました。

 今まで伺ったことのある全ての家やマンションが上記の「nLDK型」であり、新聞の折り込みチラシの建売住宅やマンションのプランを見てもほとんど全てがこのタイプの間取りのため、「家を造るときは、このような間取りにしなければいけない」、更には「nの数が多ければ多いほどすごい家」とさえ思っていました。そんな僕が、初めての住宅展示場で、
いきなりPAOのプランを見たわけですから大変です。
放心状態の後、熱病におかされたようになり、気が付くと土地も無いのにヘーベルハウスと契約をしてしまったということになりました。


 話しが脱線しかけました。とにかく、PAOの間取りの特殊性を浮き彫りにするためには、
まずはこの日本でもっとも人気の高い「nLDK型」の間取りの形成、その長所や短所を
調べる必要がありそうです。そのためにNanjaは1951年にタイムスリップしなくてはなりません。

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